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旧記事の追記

今は亡きHPの更新記事に、その内容を追記しました。
http://fracture1117.blog136.fc2.com/blog-entry-37.html

いやーこの時は、まさか半年後にファインモールドがインジェクションで出してくれるなどと思いもよりませんでしたねー。
意を決し、天昇堂にグムカの五式中戦車を頼もうとしたら、おばちゃんから「ファインモールドさんの?」と言われて「???」となったのが忘れられません。

そう言えばホビーショーでのファインモールド取材画像も大量にHPにあったのですが、さすがに再UPは考えてません。

戦時資料で「五式中戦車」という記述は見たことないのですが、占領下の史料で「試製五式中戦車」と記載されてるのは見つけました。

アジ歴で公開された防研史料
中央-軍事行政軍需動員-638主要兵器諸元表 昭和20年8月31日 陸軍兵器行政本部(C13120846500)1月14日公開
中央-軍事行政兵器-128主要兵器諸元表 昭和20.8(C14010914300)2月21日公開

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一式中戦車図面集(上巻)(その2)とホイ車

記録的積雪でクタクタ。
しかし忙中閑あり。忙しいほどヤル気が出るってのも健康に悪いですな____。

さて以前製作した試製一式砲戦車ホイの車体だが、
SIMG_1196.jpg
Aで示すように、車体上部前面の幅を生産型に比べ狭くしてある。
ここは「日本の戦車 新版」(1978年出版協同社刊)の”試製一式砲戦車”と、ウィキペディアなどに掲載されている初期試作型と思しき写真を基に製作した。(以前そのチヘ写真を「三菱重工のパンフ「戦車製作概況」」と紹介したが誤りだったのでお詫びして訂正する。)

しかし、本書弾薬箱位置図チヘネ‐10?では生産型の幅である。
また、フェンダーの取り付け図面は一覧表からはあったのかどうか、というか(2)で判るのかどうか判断できない。

両図面とも制作時期が消されているため、どのような変遷をたどったのか決め手は存在しない。


一方、Bで示すように点検扉の位置が生産型より後ろで、九七式チハと同様の位置に写っているので、差別化のため作り直したのだが、mixi上で本誌発刊以前に一部発表された図面で、本当にそうだったことが確認された。

赤で示された星章と番号札、番号札の上のマイナスネジが確認できる。当然再現はできてないけど、デカールやFMのエッチングで再現できそう。


その後「日本陸軍の戦車」(2010年カマド刊)に掲載された一式中戦車側面写真によりフェンダー位置が生産型より低い事が確認できたのでこのような再現を。
PIMG_1534.jpg
同様に新たに判明した戦車潜望鏡窓、操縦手窓も作り直したが、図面リストにも載ってないので検証まで至らなかった。
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重平

Author:重平
戦車を作っています。
ツボなのは
旧陸軍戦車・自走砲・火砲
ドイツ3号、4号戦車とバリエーション
冷戦時代~20世紀末

最近、敵ばかり作っているような気が。。(あっ敵戦車の模型って事ですよ?)

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