化学防護車

今日も12旅団の記念式典画像から。
雲仙普賢岳の災害派遣(1991年)で早々に実戦デビューを果たした化学防護車。
福島第1原子力発電所の対応に派遣され、ニュースの航空写真で、常磐道四倉PAで消防車とともに待機している姿があった(部隊は特定できず)。
科学防護車
科学防護車
科学防護車
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化学防護車
化学防護車化学防護車

後方支援装備

今日も引き続き、昨年の第12旅団の記念行事に展示された装備を紹介。

↓左:野外炊具1号(改) 右:水タンク車
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野外炊具1号(改) (陸上自衛隊HPより)
現用の野外炊具の損耗更新用。自動点火・消火機構並びに安全機構として不着火防止及び立ち消え防止機構を有する。12年度から冷凍冷蔵機能、貯水機能、給排水機能及び自動着火機能が追加され、操用性を増している。
200人分(最大250人分)の主食及び副食が概ね45分以内に同時に調理できる。
長さ 4,595mm 幅 2,310mm 車両総重量 2,500kg以下
炊飯能力 200人分(最大250人分)の主食及び副食が概ね45分以内に同時に調理できる。
牽引車 73式大型トラック
調理の種類 炊飯、汁、焼・煮・炒・揚げ物等の調理が可能
■構成 かまど 6 外釜 6 内釜 8 揚げなべ 2 バーナーAssy 6

水タンク車(現地案内板より)
主として飲料水の運搬車として利用します。また、ポンプ車としても使用でき、長時間の連続運転に耐える構造になっています。重量 7.8t、最高速度 95Km/h、タンク容量 5000L、装備部隊 後方支援隊
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↓名称不明
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今年の記念行事「翔(はばた)け未来へ」は中止になるんだろうか。

ところで昨日のエントリーの画像をクリックすると、ノートンに思いっきり悪質サイト扱いされるんですけど。。
通報しましたが(笑)、評価に二週間ほどかかるみたいなんで、放置!

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追記 2011-03-20
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このエントリーでもクリック先の画像がノートンに拒否られてたので、少し手を入れました。
小窓で出すようにしてるんですが、余白を消せないのが謎。

活動再開

東北関東大震災および長野北部地震・富士宮地震など誘発地震の被災者の皆様にお見舞い申し上げるとともに、犠牲者の方に謹んでご冥福をお祈りいたします。
そして救難にあたる関係各位、福島の原発の対応にあたる皆様に、感謝と応援申し上げます。
また計画停電により、この冬の寒さの中暖房も無く過ごされている方々や鉄道の縮小運行などで日常生活を制限されている方々に深く感謝申し上げます。


○郷土を本拠とする陸上自衛隊第12旅団が福島の郡山へ派遣され、避難所各地で活躍されています。

過去最大の2万人態勢、米軍支援も=安否不明の隊員は約300人-自衛隊 3月12日 時事ドットコム

東日本大震災:死者1人、負傷者34人 住宅被害1732軒--県内状況 /群馬 3月13日 毎日新聞

陸自が入浴サービス 久々の入浴で心ほかほか 3月18日 47ニュース

上のリンク3番目の47ニュースによると、少なくとも「浜通りから多くの避難者が身を寄せている福島市のあづま総合運動公園」で12旅団が入浴サービスを提供している。
昨年の12旅団記念行事「桜と武の祭典'10」で撮影した野外の入浴設備を紹介します。(画像をクリックすると大きい画像が出ます)

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↑画像右上のテントに脱衣所と浴槽が設置されています。
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↑中はこうなっている。右の青いプールのようなものが浴槽A1P1030192.jpg
↑これがボイラー車(名称不明) 右側に水タンクが設置されている。
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↑水タンク

久しぶりに瞬間接着剤を使用

昨年、静岡ギリギリに購入したアロンアルファを開封。何のために買ったのか思い出せない(笑)けどダブって買わなくてよかった---。

残った懸案のひとつ、誘導輪側サスのダンプストッパーを接着。
これまたマスタークラブのリベット類を活用し固定。
車体側のダンパーが省略されてるのでプラ版で自作。無くてもほとんど分からないのだがw
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右下のブロックは長十二糎自走砲の砲尾。駐退機だか複座機か分からんけど左右の管のキャッスルナットを接着。


今回は目立たない箇所なのでエポキシ接着剤混合用PPの細切りを使ったけど、クレオスの接着剤塗布ツール「Mr.グルー・アプリケーター」が役立ちそうな気がしてきた。

特別展示「日本の機甲発展の80年史」

カマド出版部の告知
http://shachonokobeya.blog71.fc2.com/blog-entry-273.html
総火演に連れて行ってもらったけど遠かった。
その総火演仲間には地味すぎるイベントだしなあ。

電車だと結構不便だし、マイカーで一人旅はキツい。
思案中

ドーザーチハ

昨日の記事中『「決定版 太平洋戦争⑩占領・冷戦・再軍備 」学研 歴史群像シリーズ』の問題の写真のソースが、
ゲッティーイメージズの画像。japanese tank で検索すると出て来ました。
50503759.jpg
やっぱ本買わないとだな、後で。
このノコギリ屋根はいくつあったんでしょうか。チヌ車生産ラインの写真とほぼ同じではありますが、向かって右の壁が違い、レールも1条多いですね。あるいは戦後の改修?そんな投資できそうもないんですけどね。
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緑文字は3/3追記

2月の雑誌(2)

○「決定版 太平洋戦争⑩占領・冷戦・再軍備 」学研 歴史群像シリーズ 2月22日発売

この時期のまとまった資料というのが無いので参考になりそう。驚いたのは昭和21年10月撮影とされる、下丸子工場のドーザーチハ群の写真。本書(以下、歴群)では「放置された九七式中戦車」とのキャプションがつくが、ちょっと不自然な気がする。
早速帰宅後カマド刊「日本陸軍の戦車」(以下、カマド本)のドーザーチハ記事を確認。しかし裏付けは取れなかった。
カマド本の当時の技師・丹生次郎氏の証言部では、「応集後終戦で三菱で戻るものの、不況のどん底で苦肉の策として九七式中戦車改造ブルドーザーを製造・売却していた」程度で、時期についてはまったく特定できない。
歴群の写真では、整然と並んだドーザーチハが10両程度確認出来るだろうか。最も手前の車体は履帯が外れており確かに放置車両の様相にも見える。機関部は新旧入り混じっている。車体上部の天面は外されているが、前部は残されているように見える。この写真だけでもどこかで手に入らないものだろうか。

○アーマーモデリング

「艦船模型に学ぶ戦車模型のディテールアップ工作」のコーナーは、エッチングの工作ガイドが役立ちそう。
昔、ピットロード孤軍奮闘時代のモデルアートで、"全体のレベルに統一性を持たせるディテールアップ"という概念を知った。一部のディテールを上げたら、他の部分も合わせないと不自然になる。艦船てある意味、単艦でもジオラマと言える程の規模と構造物で成り立っているワケで、妙に得心し今日でも気を付けている。(戦車模型ですけどね)。
だからヘタにディテールアップすると、そのレベルまで他の部分を上げなければならない気持ちになり完成が遠のくと。けど好きに作ればいいじゃん、という揺れる天秤でまた手が止まると(笑)

・・・これも立ち読みで終わるのであります。
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重平

Author:重平
戦車を作っています。
ツボなのは
旧陸軍戦車・自走砲・火砲
ドイツ3号、4号戦車とバリエーション
冷戦時代~20世紀末

最近、敵ばかり作っているような気が。。(あっ敵戦車の模型って事ですよ?)

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