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昭和15年度までの生産数

あと2年待てば防研サイトで閲覧できるが、戦士叢書33の陸軍軍需動員<2>の附表第三その二
IMG_0448.jpg
元資料はアジ歴で閲覧できる。補給関係は附表第三その一の元資料。補給関係に昭和15年度累計がある。
       附表      補給関係
10月 C12121720900 C12121720400
11月 C12121725000 C12121721800
12月 C12121723900 C12121723400
16年1月 C12121766100 C12121765600
2月 C12121767700 C12121767000
3月 C12121769100 C12121768600

これを改めて表に落とすとこうなる。月別にしてみたが見づらい。
201806110002M.jpg

これを年度別にする。
201806110002a.jpg

戦爆調査団報告書で合わせるとこう。
201806110000a1.jpg

グランドパワーの1996年11月号(No30)がけっこう詳しいが、元がなんだか未調査。
九七式軽装甲車は「1939年(昭和14)年から生産が開始され、同年217輌(274輌とも)」の記述。
201806110001a1.jpg




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防研図書館行きたい。。。。。。

12/31のコミケで発売されたj-tank18号。早く入手したいものだ。
その中で、「戦争末期の戦車生産計画について(その1)昭和19年度の装軌車整備計画」
に注目している。
これについては、古くは「帝国陸軍機甲部隊」(加登川幸太郎著 原書房1981年8月刊)で紹介された、
昭和19年の軍需動員計画上の整備計画数
軽戦車 0
中戦車 0
水陸両用戦車 0
砲戦車 0
チト車 5
チリ車 5
ホリ車 5
装甲兵車 400
「要するに軍需動員的に見る限り、日本機甲部隊のこのあたりで"生涯"を終わっていた。」
という記述や、これを裏付ける戦史叢書「陸軍軍需動員<2>実施編」(防衛庁防衛研修所戦史室著 朝雲新聞社1970年1月刊)の付表がある。

しかし実際には一式中戦車や三式中・砲戦車、特二式戦車や自走砲類が生産されていてよく判らなかった。
これは昭和19年度軍需動員の整備計画が昭和18年度中に策定されており、生産の遅延による繰り越しや戦況の変化により変更されている経過が纏められていなかったためだ。

ここらへんは24年度にアジア歴史資料センターで公開された、防衛研究所所蔵資料の軍需動員により経過の概要は掴めた。
ただ軍需動員だけでは実際の結果はまだよく判らない。

公開されていない中央軍事行政兵器などの資料が満載されていることを期待してしまう。



ところで、アジア歴史資料センターで公開され安心していた軍需動員だが、今日よく見直したら349しか公開されていなかった。それも、697あるうちの560までしか無く、まだ防研図書館行かなきゃ見られない史料が山ほど。。

それと多分来年度公開されるだろう文庫-柚にも、敗戦処理の歴史的に重要な史料に交じって機甲関係の書類が散見される。全部公開されればよいのだが。。。

続・山下軍事視察団報告資料 技術(2)

ジェノバ「アンサルド」工場視察記事 (イタリア到着は昭和16年5月18日)
(中略)規模より推定するに一四瓲戦車月製約100台程度なり。
二.戦車工場
1.製品
(1)四〇式戦車
 重量 14瓲
 速度 37km
(2)砲戦車
 全重量 約13瓲(車体は13瓲戦車と同じ)
 速度  37km
 武装  18口径75粍砲(砲身は三四式山砲のものに同じ 重量172瓩)
  砲身は内管交換式にして且つ被筒に収めらる
  高低方向は前面装甲板に装着せられたる球面砲架に依る
   高低射界 正20度 負12度
   方向射界 左右15度
  後座長 350mm
 鋼板厚
  砲塔及び前面 約25粍二板張り
  側方  約25粍(推定)
  其の他 約10粍
 本砲戦車は試製中のものと称し、約10台の完成品を見受けたり
 尚、球面砲架と鋼板の間には間隙多く、又、前面二板張り鋼板の密着不良なり

三.火砲工場
2.製品
(1)9糎高射砲約40門完成せるを見たり
(2)砲戦車(独軍の突撃砲)用7糎半火砲十数門の完成せるを見たり
(3)車載9糎高射砲(自走式)
 (中略)全重量を7瓲、自重4瓲と称するも、全重量は約10瓲と見たり

-----------------

砲戦車とは、当然セモベンテM40のことで、ものの本によるとプロトタイプが完成し軍に引き渡されたのがこの年の2月10日、そして60両が正式に発注されたということで、そのうちの最初の10両だったのではないでしょうか?
それにしても、イタリア軍でも「ドイツ突撃砲の真似」として開発し、セモベンテ(自走砲)という名称なのに、なぜ「砲戦車」とされたのでしょうか?(しかも、後に装備部隊は「突撃砲グループ」だとか。。。)


・・・山下視察団の記事はひとまずこれで終わりにします。

続・山下軍事視察団報告資料 技術

其の二
「ダイムラーベンツ」工場視察記事
「マリエンドルフ」「ベルリン」工場 P43~ 
3号戦車関係
車体装甲板は前後とも約50mmで、後面を前面と同一厚とせるは注意すべし
工場内にて作業しあらざるものの中には未だ50mm以下のものもあり

その他の参考事項
重役の言に依れば一車の完成一般的に約3カ月、急げば1カ月と云う

手持ち本等で確認できると高をくくり、うかつな事にこの時の日時を写してこなかったのですが、前述の「帝国陸軍機甲部隊(加登川幸太郎・原書房)」、「日本戦車開発物語(土門周平・光人社NF文庫)」ともに載ってませんでした。
確か5月上旬のことだったと思います。
この時(昭和16年(1941年)5月)、3号戦車のラインは3月から記述通り50mm装甲のJ型に切り替わっております。
で、以前のH型は4月まで生産されたということになっていますが、このときにもまだ工場にあったということですね。
「作業しあらざる」という文意が今一つわからないのですが、完成したから作業してないのか、作業が中止され放置されているのか判断しかねます。

それと重役の話ですが、この工場では3号のほか重牽引車(ハーフトラック)を製造しており、どちらの事を言ってるのか判断がつきかねるのですが、文脈からすると3号戦車のことと思われます。

続く

山下軍事視察団報告資料 技術

71ページ目
「マグデブルグ」兵器廠視察
二 装甲車両兵器廠
(二)完成車両倉庫
見学したる戦車装甲車の種類概ね左の如し
I號戦車、II號戦車、III號戦車、IV號戦車、指揮戦車、突撃砲
兵車、スコダ戦車、ダネーク(チェッコ)戦車、軽装甲車、重
装甲車、佛軍製押収戦車

 スコダ戦車、ダネーク(チェッコ)戦車というのが目を引きます。
 スコダ=35(t)、ダネーク=38(t)。
 ダネークはCKD社のD


122ページ目
四 戦車工務兵に対する教育計書
IV教育の目的
戦車I、II、III、IV及び三八(屯)に就いての技術的理論的教育
之等戦車の取扱法、工場及び第一線に於いて要求される程度の
修理、救援作業、手入

 >三八(屯)
 繰り返し書かれているので誤植等ではありません。
 この書類の約30年後(1971年以降)、38(t)を「38トン」て読んでた人は多数と思います。
 これが誤りでなかった事がここに証明されていました。当時の第一人者がそう言っていたのですから、後世の人達が自然にそう呼ぶ事は、犬がワンと鳴き、太陽が東から昇り西に沈むことと同じくらい当たり前のことなのでしょう。

続く

防研詣で

久しぶりに防衛研究所へ赴き、図書の閲覧をしてきました。
今回はの目当ては昭和15年~16年の独伊派遣軍事視察団(山下軍事視察団)関係の「山下視察団報告1 2」、「・・・報告資料 技術 其の1其の2」です。
この事業の経過や意義については、「帝国陸軍機甲部隊(加登川幸太郎・原書房)」や、「日本戦車開発物語(土門周平・光人社NF文庫)」に書かれてます。
この中から、いくつかかいつまんで紹介します。

まず「報告」のほうから。

独軍戦車師団の編成表。
戦車大隊の編成で、大隊本部-本部中隊-3個中戦車中隊-1個砲戦車中隊-1個材料廠
と書かれているのだが、手持ち資料と照合すると、どうやら対仏侵攻時のA型の戦車大隊のようだ。
ちょっと3個中戦車中隊というのが気になるが、もしかすると中隊本部以下の中戦車中隊は第2と第3中隊のため起きたものであろうか?また予備中隊においては日本風に材料廠とされていると思われるので、砲戦車中隊=中戦車中隊ととって間違いないであろう。
この場合、砲戦車=4号戦車の事であるが、そうだろうと思っていても、時資料において確認できたのは初めてだった。

続く

防研詣で

防研へ行き資料閲覧。

5年ぶりだったのは自分でも驚き。時の経つのは早いものよ。

で、成果は微々たる物。

アジ歴でいつ見られるか判らない項目を選んではいるものの、先人の復習をしているだけのような仕事っぷり。

帰宅してみると改めて限りの無い挑戦をしているようで不毛な気分に。

まあそんなもんでしょう。

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重平

Author:重平
戦車を作っています。
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ドイツ3号、4号戦車とバリエーション
冷戦時代~20世紀末

最近、敵ばかり作っているような気が。。(あっ敵戦車の模型って事ですよ?)

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